映画Fukushima 50の伊崎利夫とは?モデルとなった伊沢郁夫氏と曳田史郎氏について

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どうもこんにちは!

今年2021年は東日本大震災から10年の節目ですね。

今回ご紹介する

映画Fukushima 50「フクシマフィフティ」

公開日: 2020年3月6日 (日本)
監督: 若松 節朗
音楽: 岩代太郎

では

津波に襲われた福島第一原発の暴走を止めるため

奮闘する人々の姿を描いています。

この記事では

福島第一原発の当直長として

現場の指揮をした伊崎利夫

どんな人物か?

実際にモデルとされた

伊沢郁夫氏と曳田史郎氏

についても紹介していきます。

是非映画をご覧になってから

お読みいただきたいと思います。

ではどうぞ!

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映画Fukushima 50の伊崎利夫とは?

佐藤浩市さんが演じられました。

劇中では福島第一原発1、2号機の当直長・伊崎利夫として

津波に襲われ sbo (ステーションブラックアウト)

(原子力施設における全電源喪失状態)

により放射能が撒き散らされるのを

何とか防ごうと奮闘する現場での指揮官の役です。

しかし実際には 「伊崎利夫」という人間はおらず、

後述する 伊沢郁夫氏と曳田史郎氏の二人を掛け合わせた架空の人物だったそうです。

 

また伊崎利夫と同年代という設定で

渡辺謙さんが演じられた吉田所長が出てきます。

吉田所長はテレビや動画で見かけた方も多いと思いますが

当時、福島第一原子力発電所所長だった吉田 昌郎氏(1955年生まれ)です。

彼だけは唯一実名で映画に登場されています。

 

この映画の中ではふたりの友情や

信念に基づく行動がクローズアップされています。 

 

伊崎利夫はなんとか冷静に職員たちの安全を最大限に気遣いながら、

同時に放射能拡散を防ぐ手立てを講じて行きます。

 

印象的なシーンは、、

線量が上がって危険な状況で「ここにいても仕方がない退避するべきだ」という職員たちへ

「われわれが……ここから退避するということは、

もうこの発電所の地域、まわりのみんなを見放すことになる。

故郷を守るのは俺たちの手にかかってるんだ」と説得するなど

見ていて胸が熱くなるシーンが多いです。 

 

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映画Fukushima 50 伊崎利夫のモデルとなった伊沢郁夫氏と曳田史郎氏

伊沢郁夫氏とは?

生い立ち

その生い立ちを調べてみました。

伊沢郁夫さんは地元福島の出身で

双葉町の農家の長男として生を受けました。

 

小学校高学年の頃(1966年6月頃)に東電の初の原発である福島第一原子力発電所

(通称イチエフ「F」は福島「1」は第一)の 建設が始まり、

伊沢郁夫さんは海外の技術者と共に移住してきた外国人の子供達と友達になりました。

 

福島第一原発が建てられたのは

もともと陸軍の「磐城陸軍飛行場」の跡地で

そこから海を見つめたり、

友達と遊んだ記憶があるそうです。

 

しかし1968年6月、1号機の格納容器建設が終了すると 

技術者とその家族たちは本国に帰って行ったそうです。

 

その後、伊沢郁夫さんは地元の工業高校を卒業し東京電力に就職されます。

福島第一原発の1号機2号機の運転員としてキャリアを積み

2009年1号機2号機の当直長となられました。 

ちなみに吉田所長は2010年6月にイチエフの所長になられたようです。

 

事故当時、伊沢郁夫さんは中央制御室〈通称「中操」〉)の中に実際におられ指揮を取られました。 

その様子は映画を見ていただければ肌で感じることができると思います。

まさに生きるか死ぬかの壮絶な対応をされていました。

 

事故のその後

原発事故後 の2011年11月に伊沢郁夫さんは方々に散り散りになった

地元の人達と猪苗代湖のホテルで再会します。

東京電力並びに自分たちの管轄である原発の事故により地元の人たちに多大な迷惑をかけてしまったという責任感から、 伊沢郁夫さんは苦しい気持ちでいましたが、 

八十歳を過ぎた地元の世話役の方から 

 「今日は、郁夫ちゃんが来てくれている。こんなことになってしまったが、郁夫ちゃんは故郷を守るため、がんばってくれた。最後まで踏ん張ってくれたんだ。皆さん、郁夫ちゃんに、どうか拍手をしてあげてください」 

と逆に感謝されます。

 「郁夫ちゃん、ありがとう」と地元の方々に励まされ

皆さんありがとうございますという気持ちと共に大きな涙が溢れた そうです。 

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曳田史郎氏とは?

吉田所長が最も信頼していた人物こそ

部下であり友人である第2復旧班長の曳田史郎氏(56)でした。

二人は同い年で、

劇中のように吉田所長のことを実際に「よしやん」と 呼んでいたようです。

事故当時は吉田所長とともに 免震重要棟にいました。

 

曳田史郎氏の生い立ちなどはわかりませんでしたが

吉田所長とのやり取りは調べることができました。

このやり取りから二人は事故当時も協力して難題に立ち向かっていたと

思われます。

吉田所長にとって曳田氏のような信頼できるパートナーがいてくれたからこそ

「海水注入のストップ」という官邸からの命令を無視すること

ができたんじゃないかと思ってしまいます。

吉田所長とのやり取り

原発事故から3カ月近くたったころ

吉田所長は曳田さんへ

「俺は事故を起こして、地元をこんな状態にしてしまった。だから地元に活力が戻るように何かしなきゃならない。うちには事故で大量に被ばくした連中がいるだろ。彼らが持っている原子力とか放射線の知識を行かせるんじゃないか」

と自己のノウハウを知っている人たちを集めて研究や治療に役立てる会社を創ろうという話をされたと言います。 

結局吉田所長はその後、食道がんが見つかり 12月には所長も退任され

結局会社は作られる事ありませんでした。

 

2013年7月9日、吉田所長は食道がんにより逝去されました。

吉田所長は亡くなる前に曳田さんへメールを出していました。

「あの時、もっと状況が悪くなって最後の最後が来たら、ほかの奴は帰して、実はお前と2人だけで残ろうと思っていた。だって、空っぽにするわけにはいかないだろう」

「奥さんに謝っといてくれ。ごめんな」

と 

それを見た曳田さんの奥さんは

「お父さん(曳田さん)が、吉田さんをたった一人にするわけがないよね」

といい、奥さんですら二人が生死を共にすることは当然のことのように思っていたことがうかがえます。

 

吉田所長からの手紙

映画の最後にでてきた吉田所長から伊崎利夫への手紙を紹介します。

これのどこまでが本物を採用されたかわかりませんが

実際には曳田さんあての内容となっています。

 

「伊崎、もう会えないかもしれないから手紙を書くことにした。

早いものであの事故から2年が経った 

お互い大変な経験をしたな もう日本は終わりだと思った。

後は神様仏様に任せるしかない  

俺もここで死ぬんだなと 腹をくくった

事故が起きたら最初に死ぬのは誰でもない発電所の人間だ。

だけど死んでしまったら事故の収拾がつかない 

 現場の人間の命を守れずに地元の人の命を守れるわけがない

 

「俺たちは何か間違ったのか」とお前は言ったな

今になってようやくその答えが見えてきたような気がするよ

俺たちは自然の力をなめていたんだ 10メートル以上の津波は来ないと

ずっと思い込んでいた。

確かな根拠もなくイチエフ ができてから40年以上も

自然を支配したつもりになっていた。慢心だ

 

伊崎お前がいてくれて本当に良かった

状況がさらに悪くなったら最後は全員退避させ 

おまえとふたりで残ろうと決めていた

お前だけは俺と一緒に死んでくれると思ってたんだ

 

曳田さんは「よしやん(故・吉田)から貰った言葉は、最後に登場する手紙のなかに書かれていた通りです。吉田所長がもし生きていたら、いまも仕事を続けていたと思うので、私も続けていこうと思っています」

と語り、おそらく現在も東電でお仕事をされています。

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最後に

今回は

フクシマフィフティで

事故の最前線で指揮をする重要な

伊崎利夫について

その人物像モデルになった二人のことをまとめました。

映画の中では自然な配役に感じられましたが、

こうして調べてみると吉田所長の他に

もう一人物語を支える人物が欲しかったために、

印象的なエピソードを持つお二人を一人にまとめたのじゃないかと思いました。

映画として見るぶんにはそれはそれでも悪くないと感じます。

 

当時「免震重要棟のトイレは、真っ赤になっていた」と伊沢さんは証言されています。

職員の方みんなが疲労とストレスで血尿を出されていたそうです。

そこまでストレスの中で対応されていたという事に本当に頭が下がります。

映画の中でも語られていますが、

あと一歩で東日本が人間が住めなくなる土地になるところでした。

 

原発に関する問題はここまでの災害になってみないと

日本人に考える機会がなかったかもしれません。

この映画を通して

当時命をかけて日本を守った方々に対し

感謝の念を抱かずにはおれません。

 

私にとってこの映画は

何度も見返してみたい映画となりました。

映画として点数は9点です!!

今回は以上です最後までお読みいただきありがとうございました。

ではまた!

 

参考URL:
https://moviewalker.jp/news/article/1008400/
https://www.nnn.co.jp/dainichi/column/siosai/200311/20200311045.html
http://www.owaki.info/etc/genpatsu/yoshida.pdf
https://shuchi.php.co.jp/article/2045
https://news.nicovideo.jp/watch/nw8987078?news_ref=tag
https://bunshun.jp/articles/-/43062?page=3
https://plaza.rakuten.co.jp/kmrkan55/diary/201306250000/
https://www.sankei.com/smp/west/news/161118/wst1611180011-s2.html
http://hyalein.jugem.jp/?eid=26
https://uneriunera.com/2020/11/17/fukushima50-1/

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